IGPI’s Talk

#29 ウリケ・シェーデ×村岡隆史 対談

舞の海に学ぶ、日本企業の成長戦略:機敏さと知恵の経営

著書の「シン・日本の経営 悲観バイアスを排す」などで知られるカリフォルニア大学サンディエゴ校大学院のウリケ・シェーデ教授。IGPIグループのアドバイザリーボードの一員でもあるシェーデ教授は経営共創基盤(IGPI)が2024年末に開催した「ニッポン企業の逆襲シンポジウム2024 Is Japan back?」にも登壇し、一目で見えづらい日本企業の優れた側面にスポットを当てました。今回、シンポジウムでの議論をさらに深め、日本企業がさらに強くなるためのポイントを探るべく、シェーデ教授とIGPIグループ代表取締役CEOの村岡隆史が議論しました。

日米で異なるレジリエンスの捉え方

村岡 ウリケさんは日本企業の経営について、書籍、メディア、イベントなどで積極的に発信されていますが、どのような反響がありましたか。

シェーデ 反応は2種類あります。1つは否定的で、「あなたは日本のことを知らない」と、はなから信じようとしません。もう1つは、肯定的ですが、一方で悲観論の根強さを感じさせるものです。彼らは「日本がすべて悪いわけでも、アメリカがすべて素晴らしいわけでもない。システムが違うだけだ」という私の主張に納得しつつも、自分の会社や仕事自体は否定的に捉えています。そういった悲観論が根強いからこそ、私がメッセージを伝えることに意義があると思っています。


シェーデ教授の近著
『シン・日本の経営 悲観バイアスを排す』
(日本経済新聞出版)

村岡 ウリケさんは楽観的ですが、単に日本贔屓なのではなく、他国のデータと比較したうえで日本の強みと課題を捉えていらっしゃいますね。ここで重要なキーワードの一つが「楽観主義」だと思います。30~40年前にアメリカが経済不振に陥っても、アメリカのリーダーたちは自分たちの国は必ず復活するという考えを捨てませんでした。

シェーデ そうした考え方や姿勢の違いは面白いですよね。これはレジリエンス(回復力)にも関係します。私が見るに、アメリカがレジリエンスで重視するのは、ショックから立ち直るまでの速さです。たとえ景気の変動幅が大きく、貧富の差が生じようとも、早く立ち直ればいいし、それができるという自信を持っています。一方、日本人はトヨタ生産方式のような「平準化」を重視し、安定を取ろうとします。問題が起きても稼働を継続し、被害を最小限にする方策を考えるのです。

一概にどちらがいいと言うことはできませんが、何を重視するかによってシステム構築の選択肢は変わってきます。日本は安定や雇用を重視して選択した結果、コストやスピードの面で不利になりましたが、失業者や社会不安を抑えられたというメリットもあります。変化の遅さに不満を抱える人も、選択のメリットを理解できれば、結果を呑み込めるのではないでしょうか。

村岡 確かに日本人は被害を小さくしようとしますが、歴史を振り返ると、振れ幅は必ずしも小さいだけではありません。たとえば、戦後の最悪な経済から回復したり、明治維新では世界の弱小国から西洋諸国に肩を並べる国へと成長したりもしました。地震などの自然災害でも、すべてを失ったところから復興しています。

シェーデ 戦後や明治維新の場合、日本はフォロワーの立場で、海外から学ぶことがたくさんありました。ただ、今この瞬間は少し違います。日本はテクノロジーの最前線で、世界の主要国と対等なリーダーになる方法を考えなくてはなりません。抜本的な方向転換が求められる戦略的な変曲点にあるのだと思います。

人口減少がもたらす3つのチャンス

村岡 変曲点は見方次第で危機にも機会にもなりますね。たとえば、日本では世界で真っ先に人口減少が始まり、2100年には現在から半減すると予想されています。日本の社会全体を考えると、国として移民を大量に受け入れるという選択はとりにくいのですが、各企業が外国人の経営者、労働者を受け入れることは可能です。組織の中にダイバーシティ(多様性)を促進すると葛藤や軋轢が生まれますが、それらをうまく外向けに転じれば、グローバル競争力につなげられます。

シェーデ 労働人口の減少は3つの影響をもたらします。1つ目は、DX(デジタルトランスフォーメーション)を推し進める機会です。日本では幸運にも、高齢化、社会の縮小、テクノロジーの台頭が同じ時期に起こっています。欧米の人はDXやロボットに脅威に感じていますが、労働力不足に直面する日本ではその有用性に着目する人が多く、企業にとっても自動化を進める絶好のチャンスです。

2つ目は対外直接投資(FDI)。日本企業が国外に生産施設を建てたり買ったりすることです。自動車やエレクトロニクス業界では30年前から行ってきましたが、最近は保険会社や銀行による海外企業の買収や、物流や小売企業のグローバルネットワーク構築が活発化しています。

3つ目は労働力の変化です。外国人労働者も必要ですが、それ以上に大事なのが、雇用流動化を促進し、人々が働きたい場所で働けるようにすること。すでに女性や高齢者の労働条件の改善が進んでいますが、企業にとって必要な活動や確保すべき人材を考え直す機会となります。

村岡 FDIは言葉を変えるとM&Aですが、これはある意味、集団での雇用流動化と捉えられます。日本人は集団でのワーク・パフォーマンスが良いので、経営層が必要な力を磨いてM&Aが得意な集団になれば、日本企業はもっと強くなれるはずです。

シェーデ 日本企業はよくM&Aが不得意だと言われますが、アメリカと違う独自の方法をとっているだけのように感じます。決断が早いと言われるアメリカ企業が、急ぎすぎてどれだけM&Aで失敗してきたのか。日本企業は意思決定が遅いせいで、どれだけチャンスを失ったのか。実際に確かめることはできませんが、少なくとも同程度だと思います。

舞の海が多彩な技を生み出せる理由

村岡 ウリケさんはいくつかの分野で世界シェア100%を占める日本企業があることにも注目されていますね。その場合、日本企業同士で過当競争に陥り、構造的に儲からなくなりそうですが。

シェーデ 先頭ランナー企業が、他社に容易に真似されない「技」を持っていることを考えれば、そうしたことは起きないでしょう。彼らは、開発も模倣も難しい、技術の最前線を走るリーダーなのです。営業利益率と製造段階を軸としたスマイルカーブを思い出してください。中央の組み立て段階は中国勢が参入し利益が出ないけれど、上流の先端技術は超高収益の領域です。というのも、自社が最高のものを提供できれば、立場が強くなって、自在に値段をつけられるからです。そして、この領域は先端技術を要するため、他社から見ると参入が非常に難しいのです。

先頭ランナー企業の経営者に「なぜそんなに儲かっているのですか」と聞いてみると、「そもそも利益が出ないビジネスはしない」と返されました。そうした企業は常に技術革新に取り組んでいるので、高収益を実現可能な技術の最前線に立ち続けられます。大相撲でいうと、舞の海のように機敏で、多くの技を持っています。彼は多彩な技を次々に繰り出し、身体の大きな小錦にも対等に戦いを挑みました。一度使った技がすぐにまねされる中で、古い技にこだわらず、すぐに別の技を見つけ出せるのが舞の海の素晴らしいところです。

村岡 そこで問題になるのが、なぜ舞の海は多彩な技を生み出せるのか。あるいは、一部の日本企業はなぜコンスタントにイノベーションを起こせるのか。そうした組織能力の根っこにある力の源は何か。おそらく舞の海は特段と新しい技を練習するよりも、大型の力士とは違うトレーニングを積んで、自分の敏捷性やスピードを生かそうとした結果、新しい技を自然に生みだせたのではないかと思うのですが。

シェーデ 舞の海さんとお会いしたときに、まさにその話をしました。彼曰く必要なのはハードワークだと。つまり、生まれつきの素質だけではなく、意図的な努力あっての賜物です。戦略的に考え抜いて、勝つにはそれしかなかったのだそうです。

もう1点、先頭ランナー企業の研究で気づいたのは、素晴らしい経営者がいて、失敗を恐れない組織をつくっていたことです。優れた研究部門を持つためには、新たな発明ができる人材が必要ですが、それを可能にするのは、新しい挑戦や実験ができる企業カルチャーやリーダーシップです。部下がアイデアを出し、新しいことを試すのをどこまで許容できるか。それはリーダーが築き上げる組織能力であり、どのような会社にしたいかという1つの選択です。

日本企業の強みは複雑性のマネジメント力

村岡 今のお話で、組織能力の構築は企業をデザインすることだと改めてわかりました。ところで、日本企業の将来像を考えるときに、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が作成した日本企業の世界市場シェアの合計を示したグラフは示唆に富んでいます。日本企業は今後、未開拓の領域に進んだほうがいいのか、それとも、別の選択肢が考えられますか。


出典 新エネルギー・産業技術総合開発機構 「2022年度 日系企業のモノとITサービス、ソフトウェアの国際競争ポジションに関する情報収集」

シェーデ 先端技術を用いる部品についていえば、市場シェアの大きさは支配力、ひいては価格決定力を意味しますが、市場規模そのものは重要ではありません。企業の力を定義づけるのは、技術リーダーシップです。先端技術の開発コストは割高で、投資対効果の観点で海外企業は参入しにくいからです。

ある企業がつくるのも模倣するのも難しい市場にいるのは偶然ではなく、そういう選択をしたからです。たとえば、化学メーカーのJSRは元々合成ゴムの会社でしたが、今では半導体・電気部品とバイオ関連のフロンティアマテリアルの技術リーダーとなっています。合成ゴムには未来がないと明確に認識し、自社が知見を持ち、将来性のある化学物質に軸足を移そうとデザインしたのです。

とるべき戦略やデザインは産業によって異なります。規模の経済が働く業界もあれば、テクノロジーが重要な業界もあります。舞の海から導き出される知見を他の業界にどう翻訳するのかは興味深い問いです。

村岡 そのとおりですね。日本企業が今後も得意であり続けるのは、先端技術を含めて製品複雑性を細かくマネージする力で、「匠」の時代から強かったのだと思います。

シェーデ 複雑性には2つの側面があります。1つは製品が複雑なこと。半導体製造用フォトレジスト、マスク、ミラーなどがこれにあたります。これらの製造における複雑性以外に、日本が得意とするのが複雑性の管理です。一例として、世界中を見渡しても、日本のように正確に列車を定時運行できる国は他にありません。匠やものづくりを軽視する声もありますが、グーグルでもAWS(アマゾン・ウェブ・サービス)でもハードウェアが必要です。それを最適化する技は重要であり、大きなチャンスだと思います。

村岡 従来の強みを新たな外部環境、テクノロジー、地政学的な変化に合わせることも、複雑性の大きな要素ですね。生成AIなどの新たなテクノロジーを含め、日本企業は新たな複雑性のマネジメントスキルを取り入れている最中で、ここを乗り越えれば、新しい次元に足を踏み入れられるはずです。もちろんこの次元にはこの次元の競争があるので、舞の海のように戦略的に分野を定めないといけません。リーダーには先を見て戦略的に方向性を決める力が今まで以上に要求されますが、これは悲観的な話ではありません。

シェーデ 複雑性とシステムの最適化について私も同感です。物事が複雑化する中で日本企業にできることは多いにも関わらず、悲観論が根強い理由のひとつは、わかりにくさだと思います。パソコンに貼ってある「インテル・インサイド」のシールのように、ジャパン・インサイドのシールがあったとすれば、日常生活の至る所で目にするはずです。しかし、実際には日本企業の貢献は極めて見えづらく、加えて非常に複雑だから、知る機会に乏しいのです。それでも、市場シェアを見れば一目瞭然です。こうした情報に触れるうち、日本の状況はそれほど悪くないとみんな気づくでしょう。

質的な成長が問われる時代

村岡 最後に日本企業にメッセージをお願いします。

シェーデ 主にお伝えしたいのは「成長」の意味についてです。昔は成長というと、大企業の売上や従業員数、国のGDPなど規模を表しましたが、今後は質こそが重要だと思います。質的成長とは、テクノロジー・リーダーシップの成長、ナレッジの成長、持続可能性に向けた成長、つまり、より良い国や企業になるための成長です。

そこで、日本企業のお手本になるのは、体の大きさで他の力士たちを圧倒した小錦ではなく、小柄ながらも、スマートかつクレバーに持てる技のすべてを統合させた舞の海の戦い方です。今日のグローバル競争において、規模は有利ですが、規模だけではもはや成功を保証することはありません。そのために、リーダーにはいかに会社を質的に成長させ、より機敏にし、今後どう進むかについての魅力的なビジョンとパーパスを持っているかが問われます。

IGPIグループは、コンサルティングや投資などを通じて、大企業、スタートアップや大学、ローカル企業など、さまざまなプレイヤーの質的成長を後押ししていますね。模倣されにくい新しい機会を多数生み出す活動を今後も続けてほしいと思います。

村岡 環境変化が加速し複雑化する中で、機敏に対応するためには、スピードもさることながら、動き出しの早さが重要です。早く準備して動ければ、走る速度が少々遅くても目的地に早くたどり着けます。日本企業がそうした変化対応力をつけられるよう、IGPIグループがリーダー役を果たせればと思っています。

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