IGPI’s Talk

#28 塩野誠×内田誠 対談

日本発スタートアップ・エコシステムの構築~国際協力銀行(JBIC)が支えるグローバルへの道

国際協力銀行(JBIC)は2024年10月にスタートアップ投資委員会を新設し、グローバル展開を目指す日本発スタートアップの支援に乗り出しました。JBICと共に海外でのスタートアップ投資に取り組み、スタートアップ投資委員会の委員も務めるIGPIグループの塩野誠が、JBICの内田誠氏を迎えて、支援の目的や日本のスタートアップの課題について対談しました。

海外VC事業で得た知見を携え、国内スタートアップ投資へ

塩野 JBIC が国内スタートアップへの投資を始めた経緯を教えてください。

内田 スタートアップ支援は日本の経済成長に向けた政策の重要な柱の1つです。

岸田政権時代にスタートアップ育成5カ年計画が発表されましたが、その方策として2023年にJBIC法が改正され、JBICも日本のスタートアップに投資できるようになりました。

塩野 わざわざ法律を改正してまでJBICがスタートアップを支援しようするのは、どのような想いがあったのでしょうか。

内田 JBICでは、これまでファンドの仕組みを使って海外スタートアップ投資を行ってきました。たとえば、2017年にIGPIと一緒に立ち上げたJBIC IG Partnersでは、我々の誇りでもある「NordicNinja」ファンドを組成し、北欧バルト地域のスタートアップを支援してきました。ただ、JBICは政府系金融機関ですから、海外スタートアップへの投資を通じたオープンイノベーションだけでなく、日本のスタートアップを海外に出したいとかねてから考えてきました。法改正の背景にはそうした強い想いもあります。

塩野 主に海外で融資業務を担ってきたJBICがそもそもなぜNordicNinjaのようなエクイティ(株主資本)投資で、しかもベンチャーキャピタル(VC)を運営してイノベーション領域に展開したのでしょうか。

内田 JBICに期待されていることのひとつに「リスクシェア」というキーワードがあります。融資だけでは限界があり、エクイティという商品を通じたリスクシェアの強化を図りたいと考えてきました。いろいろと制約はありますが、ファンド運営を通じた投資活動をできるようにとJBIC IG Partnersをつくり、ほかにもインド等他の地域でもファンドを活用した投資活動を実際に行うことで、教科書で勉強するだけでは得られない知見を蓄積してきました。今はそれを活用して、日本のために何ができるかを考えています。

塩野 日本では資産クラスとしてVCに投資する機関投資家が少なく、ファンドサイズも米国や欧州のVCに比較して小さいために、海外でも活躍している日本のVCはそれほど多くありません。英語で投資業務を行える人材も少ないです。初めてVCをつくったJBICが一定のプレゼンス(存在感)をつくれた要因はどこにあると思いますか。

内田 ヨーロッパのスタートアップ・エコシステムを見ていて感じるのは、小国が多いので、スタートアップは起業した時からグローバル・マーケットを見据えていることです。先日、フィンランドのユニコーン、スーパーセル(ゲーム開発会社)CEOのイルッカ・パーナネン氏と話す機会があったのですが、彼も同じことを指摘していました。我々JBICは主に融資を行う銀行ですが、業務自体はいずれも海外案件です。組織全体でDay1から海外ビジネスの機会が示されることに何の疑いも抱かず、自然に入っていけたことは大きかったと思います。

とはいえ、JBICの従来の海外プロジェクトは、大規模な銅鉱山、天然ガスの開発、発電事業などいずれも対象が大きく、ホスト国との関係にフォーカスが当たることが多いなど、少し偏りがあります。既存の知見やノウハウだけでは殻を破れないし、スタートアップが対象にするようなSaaS(Software as a Service)型ビジネスともかけ離れています。いろいろなご縁があってIGPIと組めたことで、JBICとは異なるアングルで企業や産業を捉えられるようになりました。そこでうまくシナジーを生み出せたことも、プレゼンスを築けた要因の1つだと思います。

塩野 JBICは大きな政府機関を相手に臆することなく渡り合い、海外でビジネスを展開してきました。日本にはそういうプレイヤーが少ないので、その部分で支援できることは重要です。JBICのマクロの視点と、IGPIのミクロのハンズオンで企業経営の現場を変革してきた経験、それから海外と国内という点でも、大きな補完関係があったと思います。

内田さんがおっしゃる「Day1グローバル」は重要なキーワードだと私も思います。日本のスタートアップは一般的に、まずは国内市場を目指して、そこでうまくいって一定期間を経てから海外に出ようと考えます。しかし、日本の1.3億人を相手にするのと、60億人の中からターゲットを定めて展開するのでは、プロダクトやサービスの作り方も異なります。旧来から中途半端に大きい市場があったが故に、また、かなり均質的な市場でそこそこ稼げてしまうが故に、日本のスタートアップは外を見なかったのだと思いますが、Day1グローバルを見据えたプレイヤーのほうが大きく成長している現実があります。やはり最初から世界市場にフィットするものは何だろうかと考えることは大切です。

世界に広がるネットワーク――JBIC の持ち味を活かした投資戦略

塩野 日本には巨大な人口や産業があるにも関わらず、シリコンバレーのビッグテックに代表されるような大型スタートアップが出てこないと、長く言われてきました。国内のスタートアップ環境にはどんな課題があると思いますか。

内田 先ほどのスーパーセルのCEOは、日本には任天堂という巨大ゲーム会社があり、そこと肩を並べる企業になりたいと話していました。すなわち、戦後の高度成長を経て、日本はグローバル競争力のある企業を生んできた実績があるということです。教育や日本人の勤勉さも強みです。ここ数年注目されているディープテックの領域では優れた研究がいくつもあります。したがって、これから何か特別なことをすべきというより、潜在的にはグローバルに展開できる要素は整っているのではないかと思います。

その一方で、日本には規律、秩序を重視する社会があります。それを無秩序にするのではなく、新たなアイデアを育てる仕組みや環境をつくる。特に、若い世代の中から、革新的なものを生み出す才能を見つけて育成する環境をつくることが、ユニコーンを生み出すカギになると思います。

塩野 JBICという政府系金融機関がステークホルダーになることで、スタートアップ側は何を期待できるのでしょうか。

内田 JBICはこれまでも海外で活動する日本企業をサポートしてきましたが、我々の価値はやはりグローバル・ネットワークにあると自己評価しています。日本のスタートアップが海外でビジネス展開できるような付加価値を提供することが重要ですし、そこが期待されていると思っています。

塩野 海外進出をめざすスタートアップの多くは既に日本のVCの出資を受けているはずです。共同投資する他の VC にとって、JBICはどのような存在になるのでしょうか。

内田 よく言われるように、日本のスタートアップ・エコシステムの課題の1つは、グローバルなVCが日本のスタートアップに投資していない現象があることです。そうしたクローズドな側面を打ち破っていくために、我々は他のVCと一緒に、シナジーを出しながらグローバルなスタートアップ・エコシステムをつくっていきたいと思っています。

塩野 今回、ASEANにまで視野を広げて、シンガポールのスタートアップにも投資が可能になったと聞いています。その背景を教えてください。

内田 日本はASEANを大事にしてきた歴史があり、ASEANを軸にいろいろな海外政策を行ってきました。たとえば、我々は30年以上にわたって日本の製造業企業を対象に海外投資動向についてアンケート調査を行っていますが、ASEAN10カ国のうち中長期的な投資対象国として有望視されているのはインドネシア、フィリピン、マレーシア、タイ、ベトナムの5カ国です。こうした地域には、多数の日本企業が進出しています。一方、ユニコーンの数を見ると、日本は1桁ですが、ASEANではその3~4倍にのぼります。我々が付加価値を出すことを考えると、日本のスタートアップに投資するだけではなく、Day1からグローバルなスタートアップ・エコシステムとつながりを持てるようにすることが日本のエコシステムに良い効果を与えるはずです。それで海外のスタートアップにも同時に展開をしようという発想になりました。

日本のスタートアップ市場を変える成功例を生み出したい

塩野 スタートアップの起業家が気になるのは、どのような場合にJBICの投資を受けられるかだと思います。投資対象について教えてください。

内田 現在、スタートアップ投資全体でレイターステージが10%未満であることが課題となっているので、そこにフォーカスしたいと思っています。対象エリアは、資源、環境、産業など我々が蓄積してきた知見を活用できる分野と、法律上で定められているミッションとの整合性を考慮した結果、インダストリアル・トランスフォーメーションと、サステイナビリティ・トランスフォーメーションの2分野を設定しています。

塩野 投資規模はどのくらいでしょうか。

内田 3年間で200億円を投じる予定です。1回の投資は10億円前後、少なくとも10社には投資したいと思っています。

塩野 日本では1度のラウンドで10億円を出せるVCがまだまだ少ないので、規模の面でも大きなプレゼンスを示せますね。ところで、先ほど投資ステージのお話がありましたが、近年、日経平均が高値を更新するなど、日本の株式市場自体は好調です。その一方で、上場時の時価総額が非常に小さいスモールIPO(株式上場)が課題とされています。その点で、何か寄与できることはあるのでしょうか。

内田 それは日本のスタートアップ市場の課題の1つですから、我々の大きな方針である「海外展開を目指すスタートアップ」という切り口で投資をして、成功例を作りたいと思っています。その先については、スカイプマフィアやペイパルマフィア、アジアのゴジェックやグラフなど、成功した投資家が次の投資を行ってグローバルに展開するスタートアップを育てていくことが重要です。そうした事例が出てくれば、日本のスタートアップマーケットは変わっていくと思います。

投資を通じて新しいホンダや任天堂を生み出す

塩野 JBICがステークホルダーとして関わることは非常に心強い反面、政府系金融機関なので意思決定プロセスに時間がかかるのではないといった懸念があるかもしれません。既存のVCと比較して、その点はいかがでしょうか。

内田 そこはJBIC IG Partnerで積んだ数年間の経験が大きいと思っています。さらに、法改正から1年間の準備期間をかけて、どのような仕組みにすればマーケットと同じスピード感で適切に投資活動ができるか検討しました。結論として、JBIC内にスタートアップ委員会をつくり、塩野さんなど外部の方にも意思決定に加わってもらうことにしました。こうした会議体は初の試みですが、JBICの経営層の理解が得られ、体制を整えています。

塩野 IGPIは御行と一緒に取り組んだJBIC IG Partnersでの活動に加え、日本の国内スタートアップに投資したり、グループ企業の先端技術共創機構(ATAC)で大学発の技術の目利きを行い、事業化や社会実装につなげたりと、ディープテックを支援してきた経緯がありますので、今回のJBICの活動もいろいろな形でご支援できればと思っています。

最後に、日本と ASEAN の起業家の皆さんにメッセージをいただけますか。

内田 日本にはホンダや任天堂など、小さな企業がグローバル企業に展開した実績があり、基礎的な要素は育ってきています。我々は日本の若い世代、起業家の皆さんと一緒に、新しいホンダや任天堂をつくっていければと思っています。それと同時に、日本には大きな産業システムがあり、さまざまな協業の機会が見込まれるので、ASEANのスタートアップと日本の産業界を結びつけたいとも考えています。そうした活動を通じて、日本を含むアジア地域で、シリコンバレーに負けないスタートアップ・エコシステムを生み出したいと思っています。

塩野 JBICの新しい取り組みによって、日本からグローバルにプレゼンスのあるスタートアップが生まれれば、歴史的なことですね。海外VCの立ち上げにおいてJBIC IG PartnersでJBICとIGPIは協業しておりますが、国内スタートアップ投資においても海外における事業機会を開拓し、起業家が世界の舞台で活躍できるように、我々も一緒に取り組んでいきたいと思います。本日はありがとうございました。

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