オープン構造で人間力を開花させ、地域経済を盛り立てる
2022年6月よりIGPIアドバイザリーボードに参画いただいた村井満氏は、これまでリクルート、日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)チェアマン(理事長)を経て、現在はONGAESHI Holdingsで地域経済の活性化に取り組んでいます。経営やマネジメントにおけるスポーツの世界からの示唆や地方創生について、IGPIの村岡隆史が対談しました。
公益性を担保しながら、戦略的に利益も稼ぐ
村岡 IGPIグループでは、多面的・複眼的に日本の経営やビジネスを見つめ直し、世界を目指して未来をつくるために、多彩な分野の知的プロフェッショナルが議論をする場として、アドバイザリーボードを発展させてきました。そこにスポーツ分野のトップを務めてこられた村井さんに参画していただいたことは、また新たな視座が加わる大きなステップです。村井さんは、サッカーのプロ選手やクラブ運営の経験がない状態でJリーグの経営に携われましたが、その際にはどのような難しさに直面されましたか。
村井 私は2014年から4期Jリーグのチェアマンを務めました。ご指摘のとおり、サッカーは門外漢で、悪戦苦闘の8年間でした。
特に感じたのが、公益社団法人のガバナンス構造による難しさです。株式会社は出資比率に応じて発言権や議決権があるので、株主を向いて経営方針の議論をすれば、1つの方向に収斂していきます。ところがJリーグの場合、参加する58クラブが等しく1議決持っています。J1の大きなクラブとJ3の地方クラブとでは利害が相反するうえ、クラブオーナーたちは地元に帰れば大物で、声が大きい。そうした方々をまとめて1つの方向性に導くのは本当に大変でした。それから公益法人なので、公益性に照らして情報開示や活動の意義を考え、公共に資する経営をするという縛りもありました。
村岡 公益性を尊重しながら、利益も稼ぐ。そのバランスは難しそうですね。他方で、サッカーやスポーツの世界にどのようなポテンシャルを感じましたか。
村井 たとえば、国連加盟国は197カ国ですが、FIFA(国際サッカー連盟)の加盟国は211カ国です。ボール1つあれば、言語に関係なく、誰もが国際大会にも参加できます。日本のプロ野球は12球団に閉じていますが、サッカーは一定の要件を満たして勝ち上がれば、町クラブでもJ1に上がれる。しかも、FIFAクラブワールドカップで海外名門クラブと戦える可能性もある。夢とビジョンがあれば、常に開かれたオープンな構造であるところに、大きなポテンシャルを感じました。
村岡 面白いですね。サッカーはグローバルなコンテンツです。村井さんは、その要素を含めて利益を獲得するところも上手に進められていたと思うのですが。
村井 私は実業の世界から来たので、収益の追求は重視していました。公益法人は利益処分について公益事業に再投資するという規定がありますが、正当な目的のために利益を上げることは許されています。多くの人に試合会場でスポーツに触れていただくことは、公共性が高いので、入場料収入の拡大は感度高くやろうと決めていました。
サッカーの試合は、家のテレビで見る衛星放送モデルよりも、いつでもどこでもライブで見られるインターネット配信モデルと相性が良いので、世界で初めてDAZN(ダゾーン)と配信契約を結び、サブスクリプション方式をいち早く導入しました。そこで勝負したのは、大きな放映権ビジネスというだけでなく、より多くの人に届けて公共性に資するものにしたかったからです。
村岡 DAZNの話は衝撃的で、他の業界でも、こんなやり方があるのかと目の覚める思いをした経営者が多かったと思います。
村井 10年で2000億円の大型契約という部分に目が行きがちですが、私たちがその裏側でこだわったのが、すべての制作・著作権をJリーグが所有することです。それまでは、テレビ各局がカメラを回し、映像の著作権を持っていたので、インターネットに転載したり、ニュースに分岐映像を使う際にいちいち許諾が必要で、機動性が殺がれていました。DAZNには配信権のみ販売し、年間1000試合に及ぶ映像はすべてJリーグ側で撮影しています。誰の許諾もとらずに、インターネットで試合動画を配信できるので、一気に露出頻度が高まりました。それが戦略の中心にあったものです。
村岡 自分のコンテンツを自分自身でクリエイトし、プロデュースし、そのオーナーシップを維持管理するという判断は、まさに戦略的な経営の意思決定ですね。IGPIも2021年に自転車のロードレースリーグ運営会社JCL(ジャパンサイクルリーグ)に出資し、会社設立時の資金調達から経営支援を行ってきました。観戦者にリアルな価値をどう届けるか、また、リーグ全体や地域経済全体を活性化させるために、どう価値を配分するかを考えるうえで、村井さんのお話は参考になります。私たちもコンテンツを中央集権化し、自らクリエイトして届けたいと考えています。
村井 自分たちでカメラを回してみて、初めて気づくこともありました。たとえば、今はスマホで観戦する人が多いのですが、移動中のタクシーの振動や光の加減で画面が見えづらく、選手の背番号が識別できなかったりします。私が周囲の大反対を押し切って断行したのが、全クラブの背番号のフォント統一です。各クラブはユニフォームの色にも強いこだわりを持っていましたが、色の組み合わせによって、色覚に特徴がある方には識別しにくい。そこで、ユニバーサル・デザインにまで配慮して統一しました。
可視化されていない人間力をあぶり出す
村岡 以前、村井さんは「Jリーグから大経営者を出す」とおっしゃっていましたが、その思いに至った背景をお聞かせいただけますか。
村井 私はリクルートで人と組織を30年間ずっと見続けてきましたので、Jリーグでも人や組織から見る癖がありました。銀行員がお金から経営を見るのと同じです。
たとえば、サッカー選手の履歴書を見ると、学歴は高卒、資格は運転免許証くらいで、職務経歴もビジネス系は殆どなく、趣味と特技はサッカー。他人に一目でわかる形で、自分の価値をうまく表現できていません。
その一方で、ワールドカップなどでは観客6万人の前で、自分の力だけで戦える。それだけの胆力や人間力、さらにデータを見て競合相手や戦術をスピーディーに分析する能力もある。不退転の決意で本業の価値を磨き、自己研鑽し、困難があっても諦めずに前に進み、チームで動くというのは、経営者にも必要な素晴らしい能力です。それを表現できないので、本人は自分の能力に気づかないし、サッカー以外の世界で活かせる場があることも知らない。そこに問題意識を感じていました。
村岡 企業再生の現場でも、リーダーには胆力が求められます。衆人環視で、厳しいタイムプレッシャーがある中で、企業経営の意思決定を刻々と迫られる。知恵は借りられても、胆力は借りられないので、心身ともにどこまで頑張り続けられるか。スポーツを通じてそういう力を鍛えられるとすれば、ビジネスの世界でも、同じように若手を育成する方法はあるのでしょうか。
村井 そこはIGPIの方々と一緒に開発していきたいテーマです。学歴、職務経歴、スキル、資格だけで人間力を測定するのではなく、たとえば、過去に接点のあった人々の目を借りて、どのような状況で自分が生き生きと働けるか、逆に能力を発揮しにくいかを多面的に捉えて、そのデータを本人に開示し、活躍できるフィールドを提案するツールをつくりたいと思っています。フィールドスタディーでスポーツ選手の人間力を検証しながら、ビジネスなど他の分野でも、可視化されてこなかった人間力を表出できる形に持っていければと。
村岡 自分がどういう人間で、どんな能力があるかは自分自身では気付きにくい。その理解に役立つツールやデータがあれば、すごくいいですね。
村井 サッカーは、プロ選手が90分プレーしても、0対0で終わることがありますよね。これは、失敗やミスが多いからです。ボールを持ったときにパス、ドリブル、シュートなど選択肢は多い。その中でリスクをとって選択し、自分で責任をとる。周囲のミスも許容する。それを重ねる中で胆力がつきます。どのような軌跡で人間力が成長したかを、時系列に定点で見ていけば、経営者や企業再生のリーダーに必要なものが明らかになると思います。
村岡 業界や局面によって経営者に求められる能力は違いますし、サッカー経験者にはこういう業種が合う、野球にはこれが合うというのがデータ化できると、面白いですね。
村井 そうですね。以前、新人向けスピーチの話の種にしようと、GP分析(Good-Poor Analysis )で10年間トップで活躍する選手に共通する要素を調べてみたことがあります。心技体、つまりフィジカル、テクニック、精神力で勝っているという仮説を立てたのですが、相関性はありませんでした。Jリーグに入ってくる選手はそこでは差がつかないのです。一旦リセットして、通常の社会人基礎力との相関を調べてみたら、トップ選手は傾聴力と主張力が図抜けていました。
村岡 通常は、傾聴力が強いと自己主張ができない、自己主張はできるけれど傾聴が弱いというように、どちらかに偏りますよね。それが両立しているのですね。
村井 両立しています。では、サッカー選手とその2つの能力がどう紐付くのか。サッカーが理不尽な競技であることに起因するというのが、私の結論です。たとえば、人間なのに手を使わない。自分はフェアプレイをしていても、背後からタックルされて怪我したり、Jリーグの得点王でも日本代表に選ばれなかったりする。トップ選手はそこで監督に見る目がないと腐るのではなく、監督がデザインするサッカー・コンセプトを探り出し、どうすれば自分を使ってもらえるのかと傾聴します。努力を重ねて、監督の求めに応えられるようにプレーの幅を広げ、自分にはこれができると主張する。傾聴と主張のサイクルを高速で回すタイプの人が成功していました。
村岡 すごく示唆に富む話ですね。コンサルティングや投資のビジネスでも、異なるバックグラウンドの人々がチームを組むので、トーン合わせのために傾聴し、かつ、自分の持っているものを主張する力が必要ですから。
地域がJリーグを使って何ができるのかと、主語を転換させる
村岡 村井さんは今後、スポーツ、地方、人材という3軸で、地方経済や地域社会に貢献する活動をめざしているそうですが、なぜ地方だったのでしょうか。
村井 Jリーグは40都道府県にクラブがあり、チェアマン時代には週に2試合のペースで地方を回りました。シャッター通り、疲弊した状況、後継者難で黒字廃業になる企業を多々見ました。豊かな自然、食文化、素晴らしい文化の伝承があるのに、地域のポテンシャルがどんどん劣化している。クラブの力や選手の発信力を使って、地域を元気にしたり、本当に残したい良い企業を支えられないかと、ずっと考えてきました。
最初は、Jリーグが何かをすればいいと考えていましたが、選手が地域でホームタウン活動を増やすのには限界があります。主語を転換して、地域がJリーグのアセットを使って何ができるのかとアイデアを募ったら、NPO法人や自治体主導の面白い動きがたくさん出てきました。たとえば、障害者、ひきこもり、ホームレスなど170人を集めて、スタジアムのゴミの分別回収、清掃などの軽作業を体験してもらいました。試合は2週間に1回、90分で終わるので、就労の敷居が低いことが幸いし、それをきっかけに社会との距離を縮め、12%が常用雇用につながりました。
村岡 素晴らしいですね。IGPIでも、企業の特性をG(グローバル)型とL(ローカル)型に大別して経営支援の枠組みを考えています。ただG型であったとしてもローカル経済の集合体である視座は重要であり、一方でL型企業でもグローバルの視座は重要です。Think Global, Act Localという意識です。
村井 AIなどの技術が浸透してくると、失敗を防ぐレコメンデーションが横溢しますが、失敗できる環境、失敗を超えていく環境でこそ、イノベーションが生まれます。IGPIさんは、AIの指示に従って右へ倣うのではなく、誰も見向きもしないような地方のバスや汽船会社に関わり、地域全体を底上げして社会基盤の価値そのものを変えようという、ユニークな立ち位置で支援されています。流行や、最新技術、ニーズよりも、地元の方々と一蓮托生で価値を上げていく。それは、人間力に注目しながら企業成長を支援したい、地域社会やスポーツに恩返しをしたいという私の思いに近くて、とてもシンパシーを感じます。
村岡 私たちが意識しているのは、既存の価値観を壊していくことです。サッカーも、空港や交通機関も、人とデータが集まるプラットフォームであり、それを使って、どんな新しい価値がつくれるか。その際には自分たちだけではなく、地域の方々と共創し、人間のポテンシャルにかけた戦いになります。村井さんのお考えとも親和性があるので、今後のコラボレーションが楽しみです。