労働移動を起こす付加価値競争へ転換せよ――地方創生における企業の役割とは?
東京一極集中や人材不足など、地方経済の活性化を阻む要因はいろいろとあります。IGPIアドバイザリーボードメンバーでもある東京大学大学院経済学研究科の星岳雄教授を迎え、地方分散型社会への移行可能性やローカル企業の役割と課題について、IGPI共同経営者(パートナー)の松本順と対談しました。
「一極」ではなく、「多極」集中が望ましい
松本 最近、地方から東京への人口流出が減り、逆に東京からの流出が増えているという話をよく聞きます。その背景にはリモートワークの普及や、密集を避けたいなどコロナ禍の影響もありますが、一極集中が終わり、地方分散型社会の始まりだとする見方もあります。これは新しい時代の幕開けなのでしょうか。
星 地方から東京への人口流入が減るのはいまに始まった話ではありません。東京一極集中といわれますが、これは東京への人口流入が増えて起こったわけではないのです。1970年代や80年代は、地方から東京への流入も、東京から地方への流出も、両方とも今に比べて圧倒的に大きかった。
ところが、90年代以降は地方と東京の間の流入も流出もどちらも鈍ってきました。地方から東京への流入の減り具合よりも東京から地方への流出の減り具合の方が大きかったために、結果的に東京への集中が進んだというわけです。これは、「東京一極集中」と言う時の一般的なイメージとは違っていると思います。
それともう一つ指摘したいのは、「集中」の利点ということです。いろいろな人が集まれば、経済活動が行われ、出会う機会が増え、面白いことが起きる。これは経済的、社会的にも良いことです。「一極集中」とまとめて言って問題視しますが、「一極」と「集中」を分けて考えるのが重要です。
松本 分散しすぎると、大きなコストがかかるので、ある程度の人口集積が必要になりますよね。地方の中核都市などに一定の集積が保たれて、そこに私たちのような事業者がサステナブルな形でインフラを運営し、経済の活性化につなげていければ、地方創生の助けになると思うのですが。
星 そうですね。問題なのは、集中ではなく、東京だけに一極化していること。多極集中で、いろいろな場所に集中が起これば、集積経済の利点を活かしつつ、日本全体の経済や社会がよりよくなる。その場合には、地方での企業活動も重要になってきますね。
なぜ地方の労働生産性が向上しないのか?
松本 地方創生や事業のサステナビリティを考える場合、労働生産性が低いことが阻害要因になっていると言わざるを得ません。私の見るところ、これは労働市場が大きく関係しています。生産性が低い産業や企業では、当然ながら賃金も低くなるので、もっと処遇や賃金の高い企業へと労働移動が起こって然るべきなのに、特に地方ではそれが起こらない。そうした傾向の背景にはどんなことがあるとお考えでしょうか。
星 ひとつには、人間は、今のところにいたい、今まで培ってきた人間関係を保ちたいと思うのが自然だからだと思います。たとえば、田舎で暮らしている人から見れば、賃金が高いからといって、都会に行って今までと全く違う暮らしをするには、大きな決断が必要です。
現在、人口の流出入の減少と同時に、都会と地方の賃金格差が一向に縮まらないということがあります。昔は地方から都会に人が移動し、地方では労働者が減るので、その分、高い賃金にしないと人が雇えない。それで都会の高い賃金が地方に伝播していたという側面がありました。しかし今は、地域的にも業種的にも移動がないので賃金は低いままという状況につながっています。
松本 郷土を愛する心などが作用するのは人間として当然ですが、地方では生産性が低い経営をしている企業に対しても、働く方々の帰属意識がやや強すぎる感じがします。重役や経営者を敬い、同僚との関係を尊重して、そうは容易に他の会社に移らない。もっと自由な労働移動があれば、地方経済の活性化の基礎になると思うのですが。
星 ただ、以前はそういう会社への帰属意識や強い結びつきが、日本企業の強みになっていましたよね。それで企業としても、終身雇用で同じ人を雇い続け、多少景気が悪くなっても解雇しない形でやってきた。環境の変化が緩やかなときには強みだった制度が、環境が変化し、技術が進歩する中で、問題のほうが大きくなってきた、という整理になると思います。
松本 それを打破するためには、制度的な後押しも必要ですね。
星 そうだと思います。地域的にも、業種的にも、人を今いる場所から他の場所に移動させるような方向にですね。そこが都会であれ地方であれ。今は、地方創生というと、地方から都会への流出を防ごうという話が多く、それを聞いた若者は都会に行ってはいけないと思って、人口の流動性がかえって低くなる側面も考えられますから。
CXがIT投資に必要なキャッシュフローを生む
松本 労働生産性の向上を考えたときに、IT活用も鍵になります。日本の中堅中小企業のIT投資はかなり不足していますか。
星 そうですね。一橋大学の深尾京司先生を中心として、日本企業の生産性をながらく研究されている経済学者の方々がいらっしゃいますが、その研究によると、日本企業、特に中小企業は、欧米企業と比べてIT投資が非常に少なく、それが生産性の上がらない要因の1つだとされています。
松本 私が企業経営やコンサルティングで実践してきたことの1つが、CX(コーポレート・トランスフォーメーション)です。CXを通じてまず営業キャッシュフローを向上させて、ハードウエア、ソフトウエア、人材の採用などデジタル化に必要な投資を行う。それが飛躍的な生産性向上につながるので、この順番で進めていくことが大事です。
実際に、みちのりグループは、この10年で労働生産性が1割ほど上がりました。それに応じて賃金も上げられるようになり、人手不足の交通インフラ業界でも、一定レベルで人材を確保できています。
それから、IGPIでは2020年に日本共創プラットフォーム(JPiX)を設立しました。IGPIが議決権を100%確保し、種類株で多くの金融機関や事業会社から出資していただき、主にローカル産業に投資を行う。さらに、その後も長期的に事業を経営していくというモデルで、ローカルの産業経済の生産性を飛躍的に向上させたいと思っています。
星 キャッシュフローを増やして、ITをはじめとする投資に向けて、サステナブルなビジネスをつくるのは、1つのやり方ですね。ただ、IT投資を妨げているのは、本当に資金的な問題なのかという疑問もあります。日本全般で見ると、IT投資は少ない一方で、現預金を増やしている企業も多いからです。
松本 大企業はそうかもしれませんが、地方の企業を見ていると、ITやデジタライゼーションに必要な人材が行き渡っていない事情があると思います。資金的に余裕がないケースもやはり多いですし。
星 そうだとすれば、なぜ金融システムが良いアイデアや投資案件に資金を流さないのか。端的に言うと、なぜ銀行がもっとお金を貸して、IT投資を促して企業を育てていかないのかが疑問になりますね。
松本 日本の金融システムでは、担保に依存した融資が大きな土台になってきたため、事業性を洞察する能力が必ずしも高くないと言わざるを得ない面があります。新しいJPiXの取り組みなども通じて、そういう事業性に対する洞察力を磨いていけば、地方における金融システムもより良い形で機能するのではないかと、私は期待しています。
ところで、海外と比較して、日本のさまざまな業種の労働生産性が低いというデータがあります。その背景として、価格、特にサービスの価格が低いことがあると見ています。
たとえば、マクドナルドのビッグマック指数は有名ですが、米国などと比べて、同じビッグマックの価格が日本はだいぶ安い。また、東京のレストランでフルコースのディナーを食べた場合、1人1万円でおつりがくることも十分にありますが、ニューヨークのレストランではそんなことは考えられません。地方の温泉旅館では至れり尽くせりのサービスで一泊二食付き、平均で二万円もいかない。ところが、アメリカの地方都市でフルサービスのホテルは、そんな安い値段で泊まれません。どうして、そこまでサービスの価格で差がつくのでしょうか。
星 それは不思議ですよね。企業間の競争はいろいろありますが、日本では価格競争に走ることが多いと思います。少しでも値段を上げると、お客が離れていく。だから、他社よりも価格を低く抑えなくてはならない。少なくとも企業側はそう思っているのです。実際に、今回のコロナでも、確実にコストが上がっているはずなのに値段を上げない飲食店が多いですよね。
もう1つ、アメリカとの違いとして、日本では質の高い所も低い所も同じような値段で売っている気がします。アメリカの高級ホテルはすごく高い値段ですが、サービスも素晴らしい。安価なホテルとのギャップが大きいのです。
松本 ということは、素晴らしいサービスを提供しても、日本ではたいしたお金がとれないことになります。そうなると賃金も上がりません。それから、起業するにしても、必ずしもイノベーティブなサービスではなく、同じような業種に集中する傾向が見られます。それが過当競争を生み、したがって、価格も上がらず、賃金も上がらない。
星 そうですね。アメリカのホテルも、好きで値段を上げているわけではなく、それくらい値段を上げないと人も雇えないし、他のモノのコストもかかるので、良いサービスが提供できない。利益が上がらない企業は退出していきます。
それに対して、日本では価格を上げなくても、もっと言うと利益を上げなくても、何とかやっていける状態になっているのです。政府や金融機関の救済措置によって、経営困難に陥った会社も存続させてきたということでしょうが、そうした会社で低賃金で働き続けなくてはならない従業員は気の毒に思えます。
価格競争はあっても、付加価値の競争がない?
松本 先生は以前、地方では競争が不足しているとも指摘されていましたが、どのような軸の競争が不足しているのでしょうか。
星 本来、競争が激しい場合、利益を上げて高い賃金を払わないと、良い人も雇えない。だから低価格ではやっていけません。ところが、今の日本は、価格競争をして儲からなくても生き延びられる。その意味で、競争が激しくないということです。
松本 付加価値や生産性を向上させるための競争が足りないということですね。その場合、生産性の高い経営をしている企業に労働移動が起こるダイナミズムが必要かと。
星 そうですね。いくら賃金を上げても、人が来なければ、うまく回らないですから。
松本 確かに、それが地方経済の浮沈の鍵を握っているところだと思います。
ところで、コロナの期間中に資金不足に陥った企業を救済するために、政府系金融機関などから巨額の融資が行われました。今はその分がバランスシートに過剰な債務として載っている状態であり、これから先の日本経済の重荷になることは間違いありません。それをどう解決するのか。ひとつにはM&Aを通じた生産性や債務返済能力の向上という形で解決していく。それが難しい場合は、債務整理などの措置が必要になると、私は思っています。
星 債務整理というのは、債務削減も含めてですよね。債務が大きすぎる問題が起きている状況は多く見られるので、おそらくそういう形で進むしかないのだろうと思います。
ただ、M&Aや債務整理の必要性は、緊急融資をしたからではなく、これまでにも存在しました。それ以上に、コロナの関係で問題になりうるのが、M&Aや債務整理の動きがコロナ中に減ってしまい、コロナ収束後に、一気に債務整理の必要性が生じて、世の中が混乱するのではないかということです。実際に、債務整理はコロナの中で確実に減り、倒産件数は少なくなっています。M&Aの動きも鈍ったりしているのでしょうか。
松本 コロナ前から事業承継目的のM&Aが増えていて、コロナ渦中もそのペースは維持されています。一方で、コロナ期間中、救済措置で何とか資金繰りが間に合って、財務的困窮に直面する企業の数が減ったので、再生型M&Aは減っています。
星 そうだとすれば、コロナ後には2つの意味でM&Aが重要になってきますね。そもそも起こるべきであったけれど控えられたM&Aを取り返さないといけない。さらに、業績が悪化し債務超過が起こった企業をM&Aで回復させるという新しい需要も出てきますから。
松本 そうした状況が生まれている中で、JPiXにも一定の役割があると私たちは考えていますし、IGPIではM&Aのアドバイザリー・サービスを手掛けるケースが増えそうです。債務返済能力の向上、生産性、収益性のトータルな向上につながる活動を展開していきたいと思っていますので、星先生にもぜひご指導をよろしくお願いします。
星 そうした活動への需要は多いにありますし、私も応援団として協力していきたいと思います。