北欧バルトの忍者「NordicNinja VC」は、どう戦い、何を目指すのか
JBIC IG Partners(JBIC IG)は、海外における事業機会を開拓し、規律ある投資を通じて、我が国産業と投資家に長期的・持続的な価値を提供することをミッションとして立ち上げたプロフェッショナル組織です。出資元の国際協力銀行(JBIC)とIGPIから、海外のベンチャーキャピタル(VC)の世界へと飛び込んだ宗原智策と新國信一に、IGPIの村岡隆史が北欧バルトの現地事情を聞きながら、今後の戦い方について議論しました。
リモート環境となり、急速にグローバル化が進むVCマーケットで勝負する
村岡 JBIC IGがVC「NordicNinja」を立ち上げて2年余りですが、進展や課題をどう捉えていますか。
新國 当初の想定よりも順調に運んできました。2019年1月に北欧に赴任後、現地の投資コミュニティからタイミングよく素晴らしい人材を引き入れてチームをつくり、一通り投資活動を行い相互理解が進んだところで、コロナ禍に遭遇。もともと複数国に分かれて仕事をしていましたし、既に関係性ができていたので、デジタル環境に移行しても、うまくコミュニケーションがとれました。
また、我々は金銭的なリターンを出すだけでなく、日本と北欧やバルト諸国のスタートアップをつなげるという二重のミッションを持ち、バリューアップも含めて投資先と一緒に取り組むビジョナリー・ファンドだという認識が、現地の投資家やスタートアップのコミュニティの間で形成されつつありました。こうした幸運が重なり、コロナ禍中でも順調に投資活動を進められました。
村岡 コロナをきっかけに、どのような環境変化を感じていますか。
宗原 人々の行動様式が完全に変わり、マーケット自体が消滅した領域も、逆に機会が増えている領域もあります。例えば、我々はモビリティ分野に複数投資をしています。人との接触懸念によりどの国でも公共交通機関の利用が減っている中で、アメリカでは自家用車への回帰が見られたのに対し、ヨーロッパでは自転車やEスークターなどマイクロモビリティの利用が加速化しました。スタートアップがピボット(方向転換)すべきマーケットは人々の行動様式の変化に伴い急速に動くので、我々が注目する投資テーマも変わってきました。
また、アメリカのメガファンドが続々とヨーロッパに投資しているのも直近の傾向としてあります。競合が増えてバリュエーションが高止まりするため、我々にとっては脅威となりますし、誰もがリモートでピッチ(売り込み)を行い、起業家にバーチャルで会える状況では、ローカルを軸に情報の非対称性を武器にする従来のVCの戦い方では通用しない可能性があり、VCのビジネスモデルや投資スタイルも変わっていくものと思います。
村岡 それは刺激的な話ですね。日本のVCはいまだにローカル・ビジネスとして活動しています。日本のVCが情報の非対称性で戦う背景の一つには、日本の言語やカルチャーの障壁があるとされていますが、そもそもグローバルなメガファンドを引き付けるだけのバリューが生み出せていないとすれば問題ですね。
宗原 ただ、完全にリモートで投資判断が可能かどうかは未だに疑問があります。アーリーステージ投資では、テクノロジーやビジネスモデルではなく、マーケットが変化しても柔軟に戦える起業家、チームかどうかという、人のデューデリジェンスが最も重要になります。これまでは一緒に食事をしたり、プライベートな話をしながら、長期的に付き合っていける相手かどうか見極めていましたが、リモートで何回か話しただけで、それが可能なのかはまだ自信を持っていません。
新國 リモート環境では、明確なジョブディスクリプション(職務記述書)が不可欠です。日本企業ではこれまで、飲み会や職場での雑談で落ちているボールを拾ってさばいていた部分があったのですが、それがなくなると、それぞれの役割を明確に定義しないといけません。ただ、オペレーションを回す組織はそれでいいとしても、プロフェッショナルで個人の裁量や判断の自由度が高い組織ではうまくいかない可能性があります。パートナーやマネジャーの背中を直接見て、横で働いて助言を受けながら、新しいメンバーは学んでいきます。我々の中長期的な課題は、異なる国やバックグラウンドのカルチャーを保ちながらコラボレーションできるチームをつくり、グローバルで投資を実行する組織をつくることですが、リモート環境でのカルチャーを含めた組織づくりには難しさも感じます。
村岡 同感です。IGPIでは、異なるバックグランドやスキルの人間が集まってお互いに補完しながら進めるすり合わせ型のプロジェクトが多いので、一人一人のジョブディスクリプションを明確に決めきれなかったり、決めきらない方がよい場合もあります。リアルベースのコミュニケーションの場がないと、イノベーションの効果が落ちるので、そこはリモートとリアルの組み合わせで工夫して対応しないといけないですね。
疑う余地なきトラストレス社会を構築し、デジタルで進化する北欧バルト地域
村岡 現地に住んでみて、北欧バルト地域が先進的だと思う点はありますか。また、その根っこはどこにあるのでしょうか。
新國 面白いのが、フィンランドの政府系Climate Fundのホームページを見ると、CEO以下主要役員の電話番号が公開されていることです。我々のチーム内でも全員の電話番号をホームページに載せようという意見が出たりします。これは日本やアメリカにはない習慣ですが、おそらく、天然資源など乏しい中で少ない人材をどう活用するかを考えざるをえない国の事情が背景にあると思います。裏切り行為をすればお互いに効率が悪くなるだけ。トラスト(信頼)ベースでまずやってみよう、と。だから、トランスペアレンシー(透明性)を大事にする価値観になるのだと思います。
宗原 トランスペアレンシーとトラストは私も重要な要素だと感じています。ただし、みんな良い人だから信頼するというよりも、システムやテクノロジーでトラストを確保し、そこに人材を割かないのが特徴です。たとえば、フィンランドのトラム(路上電車)には基本的に改札機がありません。デジタルでチケットを購入して乗るのが前提で、時折入るチェック時にチケットを提示できなければ罰金を払う。そうすれば、駅ごとにチェックする人を置かなくてよいし、自動化もしやすいのです。この地域でブロックチェーンとの親和性が高いのも、仕組みでトラストを醸成する考え方が根強いているからだと思います。
村岡 クローズドな社会ではそれでうまくいくとしても、価値観の違う外部の人が入ってきたときに持続性はあるのでしょうか。
宗原 北欧では移民が多く、その比率が増えたときに機能するかどうかは今、まさしく議論されています。小国だから可能なところもありますが、エストニアやデンマークの電子政府のような疑う必要のないトラストレスなシステムを一回作れば、デジタルで適応しやすくなる。だから、イニシャルコストをかけてでも、そういう仕組みや社会をつくるという考え方だと思います。
村岡 レポート「北欧バルトに学ぶデジタルイノベーションと社会改革」に、イノベーティブであることも、この地域の文化だと書かれていました。日本でデジタル関連のイノベーションを試みると、伝統的な価値や文化の重要性を唱える人とのせめぎ合いや、世代間格差によって前進しないことがよくあります。そちらでは、同様の問題が起きていないのでしょうか。
新國 当然、世代間の格差や反対意見はあったと思います。それを乗り越えられた1つの理由として、オンラインIDを全国民に付与したことが大きいと、エストニアの大統領は指摘しています。全員を対象にした仕組みをつくり、それが便利であれば年齢を問わず人は適応し、使うようになるのだと。
宗原 それからこの地域では、そもそも新しいことや変革を尊重しないと、生き残れないという危機意識が根底にあります。
グリーンマインドとデータガバナンスが生み出すイノベーションに期待
村岡 NordicNinjaでは、今後どのような投資テーマに注目していますか。
宗原 デジタルテクノロジーを使ったクリーンテック関連です。北欧地域は、テクノロジーを使って持続可能な社会を作りたいという意識が強いと感じています。そういうマインドを持った若手や起業家が多いので、必然的にそうした投資テーマが今後増えていくと思います。
村岡 日本でグリーンを持ち出すと、里山に戻れ、江戸時代に戻れといった、極端な議論に陥りがちです。グリーンとは、具体的にどのようなものを指しますか。
宗原 大きく分けて、二酸化炭素を削減するグリーンと、モノの消費を抑えるもしくは循環させるグリーンという2タイプがあります。
前者の例として、二酸化炭素からタンパク質を生み出す食品企業や、メタンガスを含まない牛のゲップを作るために、メタン細菌を抑える藻を配合した飼料を開発している企業があります。再生可能エネルギーをエネルギー源とするEVもこちらになります。
後者はいわゆるサーキュラー・エコノミー(循環型経済)で、リサイクルも含めて廃棄物を使って野菜を栽培したり、ブロックチェーンを使ってプラスチックをすべて回収し素材として利用可能にしようとするスタートアップ企業が出てきています。消費を減らせないなら、消費で出てきたものを再利用して回そうという考え方ですが、これはモノに執着しない北欧だからできることだと思います。
新國 他の地域と比べて面白いと感じるのが、個人データの活用です。データの所有権は個人にあるけれども、簡便化のために政府が預かって、トランスペアレントに利用しやすくする。ただし、誰かがアクセスするときには許可を得るし、アクセス記録も残る。そういうインフラがあるので、そこにウエアラブルデバイスやスマートフォンから取得した行動データなどを組み合わせた事業を行うスタートアップがもっと出て来るのではないかと期待しています。
アメリカと比べて、ヨーロッパには個人データを大量に保有するようなテックジャイアントがいません。いったんデータ主権を失いかけましたが、そこから巻き返すために、データを個人に返せと主張し、できればヨーロッパからデジタルジャイアントをつくりたいと考えている。これは日本の政策課題とも共通するところがあります。そういうデータ活用ができるプレイヤーが育つ余地や流れがあると思います。
村岡 データガバナンスの考え方は、日本は遅れています。ヨーロッパは全体的に個人主義が強い一方で、データについては共有財という考え方もあり、それをうまく消化させてGDPR(EU一般データ保護規則)という考え方をつくりました。しかも、それを適用するときには各国でローカルルールを作ってやる仕組みがよくできていますね。
柔軟な発想で、唯一無二な日本発グローバルVCへ
村岡 NordicNinjaで今後目指したいことや個人的な夢はありますか。
宗原 今後のビジョンとして、2号ファンドや地域拡大、テーマ拡大など個別論はいろいろありますが、海外で投資を行い且つリターンを上げ続けられる日本発のVCはほんの一握りなので、それの欧州での先兵隊的な存在になりたいです。NordicNinjaがヨーロッパで活躍し続けられれば、日本への環流もより大きいものになると思っています。技術やR&Dを含めて日本企業や日本市場を魅力的だと感じるスタートアップはヨーロッパにも多いので、海外で新しい分野を開拓して日本に持ち込む形でもいいですし、我々の活動に参加してもらいパートナー企業の人材を育てる形でもいい。NordicNinjaをプラットフォームとして、日本の皆様に欧州のベストプラクティスやエコシステム構築に係る知見を共有することも、目指していきたいと思っています。
新國 日本×ヨーロッパのVCと言ったときに、NordicNinjaが唯一無二の存在として想起される立ち位置を目指したいと思います。また、VCのファンドはファンドの存続期間を10年前後としてリターンを得るモデルが主流ですが、グリーンの分野ではより長期の取り組みが必要です。今はまた投資ブームに沸いてグリーンテックにお金が集まりやすくなっていますが、ブームに頼らずに資金調達ができ、実際にテクノロジーが社会で使われ、リターンが得られて創業者と投資家がハッピーになる。そうした状況に持ち込めるように、期限を限定せずに再投資するエバーグリーン・ファンドなど、柔軟で新しい投資モデルを我々の側から提案していければと思っています。
村岡 若い方に向けて、どういう人がNinjaのチャレンジに向いていると思いますか。
宗原 ファイナンス、英語、テクノロジーの知識は後からでも学べますが、素質として欲しいのは、ありきたりですがコミュニケーション能力。自分自身でディールソースを確保するためにエコシステム内でのネットワーク構築が必要ですが、起業家や投資家、アクセラレーターなどに自分を認識してもらい、価値があると思われないと何も始まりません。また、新しい未来を描くことにワクワクする好奇心も重要です。
新國 VCのバックグラウンドがなくても、やらないかと声をかけられたときに自分が飛び込めたのは、メンタル的にもスキル的にも準備していたからです。今はやりたいことが明確になっていない人でも、日頃からマインドセットや脳みそを鍛えておけば、いつか目の前に道が開けることがあると思います。
村岡 私がNordicNinjaに期待するのは、このテーマならあそこしかないと、外部からも評価され、内部でも認識している唯一無二のファームに育つことです。現在は北欧中心ですが、地域を広げて、将来必ず日本でも活動してほしい。IGPI内の若い世代にもキャリアの機会にもなるので、IGPIとして全面的に応援しますし、私もCEOとしてコミットします。
本対談の通奏低音となる北欧バルトのイノベーションや社会変革の最新動向を、現地インタビューを豊富に交えながらまとめたレポートはこちら。
レポート「北欧バルトに学ぶデジタルイノベーションと社会改革」