来るべきESG開示時代に備えよ、社会的意義と財務リターンは両立可能
世界的に“サステナブル”であることが重要課題となる中で、ESG(環境・社会・企業統治)投資へと大きく舵を切る機関投資家も登場しています。日本企業や経営者が留意すべき動向やESG対応の考え方について、日本共創プラットフォーム(JPiX)の市江正彦とIGPIの塩野誠が対談しました。
本気でESGを語れない経営者は生き残れない
塩野 2006年に国連によって責任投資原則(PRI)が提唱され、投資分析と意思決定プロセスにESG課題が組み込まれて以降、ESGに配慮した企業を重視・選別する投資が世界的に増えてきました。日本国内でも、2015年に年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)がPRIに署名し、大きな反響を呼びました。同じ年に、国連の「持続可能な開発目標(SDGs)」採択、金融安定理事会(FSB)による気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)設置などの動きも見られました。
それから数年経ちますが、従来のCSR(企業の社会的責任)の取り組みなどと比べて、どのような違いがあると感じますか。
市江 私がかつて勤めていた日本政策投資銀行は、その成り立ちや性格上、社会的な観点にウェイトを置いていました。たとえば、良い環境プログラムに取り組む企業には融資条件を優遇し、環境評価なども実施していました。私自身も職務上、CSRの知識はそれなりにあったのですが、SDGsは17項目と対象が広く、地球環境だけでなく、水、食料、ジェンダーなど社会的な話がほぼ網羅されている点に違いを感じました。
さらに、そうした課題に本気で取り組まない企業への投資を止める機関投資家が出てきました。しかも、環境意識の高いヨーロッパだけでなく、アメリカでもそうなのです。投資をする人は基本的にリターンを求めますが、今後はリターンを出しつつ、SDGsの取り組みとのバランスもとっていかなければ、企業は生き残れない。昔のように、余裕があるからCSRをやるのとは大きく違います。
塩野 ご指摘の点は、日本企業の多くのマネジメントも実感していることだと思います。リターンの考え方ですが、ESG投資では財務情報と非財務情報が統合されます。このうち論点になるのが、非財務情報をどう開示するか。EUは2014年に非財務情報開示指令(NFRD)として開示フレームワークを規定し、大企業に対してある種の強制力を持たせています。一方、日本ではサステナブルファイナンス有識者会議が立ち上がって検討中ですが、今のところESG情報の開示は義務付けられていません。今後、日本でも強制的な開示へと向かうのか、それとも緩やかなガイドラインになるのかは気になるところです。
市江 企業としては、どこまで深く考えて行動して開示するかで、難易度が全く違ってきます。格好をつける数字は出せても、本質から離れないようにしないといけません。
塩野 現状は各国や各団体でいくつも基準が考案され、それを統合させる方向にあります。他方、日本経済団体連合会(経団連)は、拙速な国際標準化や金融規制に反対しています。IGPIでも各国、各団体の動向を注視しています。
市江 ただルールが決まるまで待つのではなく、企業や経営者は自分たちなりに考えてやることが必要だと思います。というのも、この動きは加速化しているからです。実は、コロナ禍で経済状況が停滞すると、雇用にも影響が出て、地球環境などと言っていられないのではないかと思っていました。ところが、この1年半で気候変動、廃棄物、リサイクルなどの話が大きく前進しました。
塩野 自動車業界をはじめ、脱炭素化が進んでいますね。世界では、オランダ発の金融機関炭素会計パートナーシップ(PCAF)はカーボン会計基準を推進しています。会計基準とESG関連の開示の数値目標とは相性が良さそうだと思うのですが。
市江 会計基準もそうですが、政府などが誘導する場合に一番効果があるのは税制です。たとえば、航空業界は世界のCO2排出の3%近くを占めていますが、イギリスのシンクタンクは、マイレージ制度は不要不急の利用を促進するので、マイレージに税金をかけたらどうかという提案をしていました。極端な話のようですが、本当にそうなるかもしれません。ご指摘のように数字を開示するようになれば、税金ともリンクしやすくなるはずです。
あなたの会社はどれくらい濃いグリーンなのか?
塩野 ESG投資の手法として、グリーンボンド(環境債)があります。最初に発行されたのが、2007年の欧州投資銀行(EIB)によるポーランド・ズロチ建てClimate Awareness Bondです。2008年にも、世界銀行グループの国際復興開発銀行(IBRD)がスカンジナビア・エンスキルダ銀行と一緒に発行しました。こうしたグリーンボンドの可能性について、どのようにご覧になっていますか。
市江 グリーンボンドが広がるかどうかは、投資家の受け止め方次第だと思います。その点でいうと、私が在籍しているJPiXでは、超長期の投資をベースに置いているので、SDGsの考え方とも合っています。というのも、一定の利益を出しながら長く続く企業になるためには、社会の要請に応えて、国民やユーザーから良い会社だと認められる必要があるからです。投資する側も、気候や環境に配慮した投資を何%やっているかが問われ始めています。
塩野 環境を軸に機関投資家のアセットアロケ―ション(資産配分)が変わってきたということですね。
市江 その背景として、機関投資家の自発的な行動とルールの変更という両側面があると思います。年金基金をはじめ長期投資をする機関投資家が影響力を持つ時代なので、SDGsと話が合います。
塩野 影響力の大きい機関投資家である、アメリカの公的年金、カルパース(カリフォルニア州職員退職年金基金)も、投資判断にESGを組み込んでいます。
市江 カリフォルニアは特に環境問題への意識が強い土地柄です。ただ、社会に対してどのくらい貢献するかについては、世界最大級の機関投資家の内部でも意見が割れています。社会貢献が自社のためにもなったとしても、一方でリターンも追求しなくてはならないので、何をどれだけ重視するかは、今後も論争の種になると思います。
塩野 ご指摘された投資家のバランスのとり方と、投資対象のグリーンかどうかのアセスメントの問題が非常に重要だと、私は考えています。国際資本市場協会(ICMA)が提唱するグリーンボンド原則(GDP)なども登場していますが、グリーンの定義と基準が揃ってこないと、機関投資家側が自分のポートフォリオにグリーンボンドを加えたくても、スムーズに買い入れるのはなかなか難しいと思うのです。
市江 おっしゃるように、評価する人が非常に大事ですね。SDGs課題に取り組むことでビジネスになる側面が前面に出れば評価が歪みますが、かといって、厳しいだけでも仕方ない。本当にグリーンかどうかという妥当性をニュートラルに評価してくれる第三者が必要です。
塩野 今もアセスメントでは、グリーンの濃さの問題が出ています。
市江 その問題は今後も常につきまとうと思います。グリーンボンドもそうですが、社会にプラスになるものは、発行する方も善意とは別に、宣伝効果もあるので。さらに、こうした取り組みにはコストや手間がかかります。本気で取り組むためには、お金だけでなく、社内で体制を整えて人手をかけないといけません。
塩野 コストに関して、興味深い調査結果があります。もともとグリーンボンドは発行体である企業にとってコストの高い資金調達手段だと言われてきました。ところが、スウェーデンの研究によると、通常の債券に比べて、15~20ベーシスポイント低く発行できていて、ある種のグリーンプレミアムが生じているのではないか、というのです。
市江 資金運用サイドが自分のポートフォリオに一定割合入れることを決めれば、やはり買うことになるので、プレミアムがつく可能性は十分にあり得ますね。ただし、それが行き渡って、そもそもグリーン以外に使われるものは駄目だという考えが当たり前になってきたら、将来的に続く傾向かどうかはわかりませんが。
塩野 投資家の需要を見ても、今はまさに過渡期だと思います。今後は、これが世界的な標準になっていくと思われますか。
市江 ファイナンスや税金などお金が絡んでくると、一国で済む話ではなくなります。すごく難儀はしても、そういう話し合いが行われて、グローバルで標準化する方向に進むと思います。
その「カイシャ」は持続可能か?
市江 パンデミックの後で、良い会社は何かという話が盛り上がって来ているように感じます。単にESGに取り組めば良い会社ということでは、もうなくなっています。社会的に役立つだけでなく、長生きできる会社が、投資家や働く人などにとって良いのではないかと私は考えています。
塩野 持続可能でないと雇用も守れません。そもそもSDGsが重視されるようになった背景には、地球が存続しないことには、会社も存続しないという話がありましたよね。
市江 そう言いつつも、今まではそんなに簡単に地球が存続しなくなると本気で思われてはいませんでした。しかし、パンデミックのようなものが起こると、人々の価値観は大きく変わります。歴史的に見ても、欧州でルネッサンスが起きたのは、その前にペストが流行したからです。いくら免罪符を買っても、死ぬときは死ぬ。教会の権威は失墜した。今回のパンデミックで、地球環境はそう簡単に悪化しないと思っていた人も、そういうことがあるかもしれないと実感したのではないでしょうか。
塩野 以前から、地球温暖化により、永久凍土が解けたりウイルスの変異が起こったりすると、人間にとって未知の新しい感染症が蔓延しだすと、ビル・ゲイツを含めてかなり多くの人が指摘していました。今回のコロナ禍の全容はまだわかっていませんが、環境問題について誰もが考えざるをえなくなっています。日本企業がESG課題に真剣に対峙しようとする際に、経営者は手始めに何をすべきだと思いますか。
市江 環境、社会、ガバナンスのうち一番難しいのは、ガバナンスだと思います。特に上場企業は向こう側には株主がいるので、社会的な意義といいつつも、まずはリターンを求める圧力はまだ強い。利益がマイナスで良いことをしてもダメだとなれば、どうしても、行動に迷いが出ます。その時には、社外取締役を含めて取締役の見識が問われると思います。
塩野 そうですね。特に日本はまだ景況感は悪いですし、日本企業や経営者としても、明確に企業の存在意義と方向性を示して、投資家と対話することが大事になってくるのでしょうかね。
市江 投資家との対話は大事ですが、それだけでも会社はよくならない。ステークホルダーには、顧客、社員が含まれますから。
塩野 私自身が肌感覚として実感し、統計にも現れ始めた変化として、20代の方々は、社会に対して良いことをしている会社に就職したいという意識が強いことが挙げられます。
市江 そうした意向は昔もあったと思うのですが、より強まっているのかもしれませんね。特に、今の若い人は流動性が高まっているので、仕事をしっかりやって結果を出していれば、ほかの会社に行けると考えています。転職するときには、給料だけでなく、役に立つ仕事であるかなど、いろいろなことを考えるのでしょうね。
事業によっては、数年で技術や競争力が変わります。常に変化にさらされている会社が、何を長生きの基にするかというと、人しかない。会社に入ってもらい、それぞれの良いところを発揮してもらい、人の集まりをハッピーに動かすためには、オーナーや経営陣が一方的に「これだ」と示すのではうまくいきません。従業員と経営陣で話しながら、コクリエーションする、つまり、「共創」が大事になります。十数年前に経営共創基盤の共創という言葉にピンとくる人は少なかったけれども、今ではすっかり一般名詞になっています。
塩野 「共創」の商標登録をしておけば良かったです。今は誰もが共創と言うので、そろそろ「競争」に名前を改めてもいいかもしれないですね(笑)。
市江 それは面白いですね。共創や競争も含めて、経営者はいろいろなことしなくてはなりません。今回のパンデミックへの対応やESG経営なども、ベースに求められるのはリベラルアーツです。自分なりにこれだというものを持たないと、あれほどしんどい経営はできません。知識や経験を持ち、歴史の勉強もしながら、先を間違えないように良い道を選んで、社員や顧客とコミュニケーションをとって、その一方で、自分の生活や家庭もある。経営者はつくづく大変だと思います。
塩野 経営者にとって必須科目の多い困難な時代ですね。IGPIでもESGという機会とリスクについてアドバイスをしています。市江さんのお話を伺って、ESGに向き合うためにも、経営者個人が拠って立つ哲学が必要であることを改めて感じました。ありがとうございました。