製造業のその先へ 脱・自前主義で構造的変化を乗り越える
産業構造の変曲点に差し掛かる中、収益力が低下し、従来の延長線上で戦略を描くことが難しくなっている製造業。経営共創基盤(IGPI)の中で製造業に特化した組織であるIGPIものづくり戦略カンパニー(MSC)は、そうした困難に直面している自動車、化学、半導体業界などの企業を支援しています。製造業支援で15年以上のキャリアを持つ3人が製造業の抱える課題や活路について議論しました。
競争のルールが大きく変わる時代
平山 自動車は日本の製造業を代表する産業ですが、CASE(コネクテッド、自動運転、シェアリング、電動化)によって100年に1度の大変革の時代にあるとも言われています。私の実感として、EV(電気自動車)に代表される電動化よりもインパクトがあるのは、通信環境や半導体の進化、電池性能や電力マネジメントの向上などを背景に進むSDV(Software Defined Vehicle)、分かりやすく言い換えると自動車のスマホ化です。スマートフォンが本体を買い換えなくてもOSをアップデートすればいつでも最新の状況で使えるように、自動車でも長期間ハードを使う前提で、ソフトウエアを軸にした近代化が進んでいきます。そうすると、ビジネスの前提条件が大きく変化するので、開発や部品も含めた製造、調達、販売の方法も変わり、ビジネス全般をリデザインしなくてはなりません。
古澤 そうした抜本的な変化は他の組み立て製造業にもあてはまり、以前は考えられなかったような要素が競争力を左右するようになっています。たとえばコロナ禍では、半導体が調達できず、自動車が生産できないといった事態が発生しました。逆に言うと、うまく調達できた企業や、半導体を内製できる企業はシェアを伸ばしました。そうした変化に対応して、どのように戦い方を練り直し、組織体制を構築して、新しい組織ケイパビリティ(能力)を獲得するのか。M&A(合併・買収)、人材戦略やHRM(人的資源管理)なども含めて考えていく必要があります。
疋田 製造業のなかで日本企業がまだ競争力を維持しているのは自動車や化学業界です。特に化学品や素材業界は大学の基礎研究などで強い領域があり、日本企業は存在感を維持している一方で、カーボンニュートラルなどの大きな流れもありますよね。
古澤 化学業界で強い企業はいわゆる総合化学メーカーと呼ばれ、石油化学コンビナートを中心に汎用品である基礎化学品から独自の機能性などを備えたスペシャリティケミカルまで広範な材料をつくっています。しかし、基礎化学品は中国などの海外勢が力をつけてきたうえ、既存のコンビナート設備の老朽化により競争力が落ちています。加えて、脱炭素関連では、石油化学事業を持っていること自体が企業の株価に響くこともあります。そのため、これまでのような「総合」化学ではなく、上流の基礎化学品で戦うか、自動車や半導体といった専門領域に特化するかという経営上の意思決定が求められています。

製造業Beyondを考える
平山 製造業の経営者の方々が経営課題として認識していることは大きく3点あると思います。第1にタイトな時間軸、第2に自前主義の限界、3に会社のOSの老朽化です。意思決定に向けたガバナンス構造も、組織構造も、既存ビジネスに準拠した形で動くようになっている中で、この3つをうまく調整しながら、どう新しい会社の形をデザインしていくかという相談をよく受けます。
疋田 私はプロジェクトマネジャーとして現場を見ることが多いのですが、製造業全体で自社だけでは対応しきれない領域が増えていると感じます。物理的なものから目に見えないソフトウエアへと付加価値が移り変わると、戦略で考えるべき内容が変わり、実行面で必要となる人材のケイパビリティも大きく変わります。採用強化や他社とのアライアンスなど視野を広げて、戦略を実行するための能力を確保しなければなりません。
平山 確かに、製造業を取り巻く環境は、戦略立案や優れた技術だけでは打破できない世界観になっていますね。たとえば、自動車のサプライチェーンでは、電動化により内燃機関に関する部品群で業界再編が進みます。そのときに、業界内で知恵を振り絞るよりも、コンサルタント、総合商社、地域経済を支える金融機関など、いろいろな角度の知恵を使うことが求められます。
疋田 私から見て、もはや製造業というくくり自体に限界があり、単純にものをつくるだけでは儲からない構造になっています。たとえば、高額の製造装置メーカーでも、単体で装置を売っているだけでは限界があり、付随するサービス領域の収益改善や拡大、ソリューション型ビジネスへの転換が必要になっています。ただ、現場では日本固有のものづくりという意識が強く、品質にこだわりやプライドを持っている。そういう意識の壁を乗り越え、ものづくり以外で稼ぐことにどれだけ向き合えるかが今後の勝ち負けを分ける要因の1つになると思います。
平山 なるほど。製造業のBeyond(その先)を考えられるかどうかですね。そのためには自分たちが持たない新しい技術も必要になります。古澤さんは先端技術共創機構(ATAC)にも所属されており、最先端技術を研究している大学等とコラボレーションする機会も多いと思いますが、どんなことに取り組んでいますか。
古澤 ATACではアカデミアやリサーチラボに眠るいろいろな技術を発掘し、この技術をこの会社のこのケイパビリティと組み合わせるとこんなビジネスができる、というような提案型の探索方法で、新しい価値を創出しようと努めています。我々が重視するのは、強みを発揮できる領域だが、その技術単独では他社に埋もれたり収益化が難しかったりするようなケースにおいて、デジタル技術を掛け合わせることでユニークなビジネスモデルを作り上げ、競争力を持って稼げる事業を、研究者と一から立ち上げることです。

自前主義から脱却し、内と外の組み合わせで研究機能を考える
平山 新規事業はもともと多産多死です。だから、時間とコストのかけ方や事業化のタイミングを判断し、事業化できない場合には技術のライセンスアウトか、バイアウトか、清算かといった対応まで考える必要があります。しかし、現状はその意思決定がなされず、研究開発をいたずらに続けがちです。そういうカルチャーを断ち切り、ガバナンスや意思決定のあり方も新たに考えなくてはなりません。たとえば、広告会社やIT企業は、時代に合った新規事業を次々と作り、時代に乗らない事業は閉じていくことをクイックに行っています。
疋田 広告やIT企業と比べて、製造業が俊敏性において劣る理由の一つが、研究開発を積み上げたり、事業の立ち上げに大きな工場が必要だったりと、新規事業立ち上げのハードルが高いことです。その結果、新規事業はそもそも成功確率が低いにも関わらず、どうにか打率を高めようと、既存の強みをレバレッジさせることにこだわってしまうのです。
例えば、ある自動車部品を作っていて、その技術を航空機や船に応用しようとするパターンはよくあります。そう考えるのは構わないのですが、すでにつくっている企業がいるところに新規参入するので、タイミングが遅すぎて、仮に売上げが立っても利益はそれほど稼げません。
一番必要なのは、どう利益を出すかという観点です。外部から自分たちにない付加価値を取り込んだうえで、ビジネス全体を設計し直すように、発想を切り替えないといけません。
平山 工場など必要なアセットを持つ会社を見つけて提携しながら、クイックに立ち上げて、本当に事業化が見えたら投資する、あるいは、自社技術だけで事業化が難しければ、先端領域で取り組んでいる企業の知恵を借りることも可能です。たとえば、自動車の電動化が進めば電池が1つの大きなエネルギー源になってくるので、エネルギー・マネジメントやエネルギー自体に価値をつける観点で電力自由化に関わった企業と関係性を持ったり、そういうポジショニングをとったりするなど、今までとは違う角度から柔軟にビジネスを模索してみるとよいと思います。
古澤 自前主義から脱却するための大胆な策として、たとえば、自社の研究所を廃止してしまい、アカデミアや研究機関とコラボレーションして研究機能を外部に持つような方法も考えられます。今までの他社との提携は、社内の研究所の機能で足りないリソースを外部から補おうという考え方だったと思いますが、そうではなく、自分たちが社内で持つべき部分を見極めたうえで、外部に頼む部分を組み合わせて新しい研究機能をつくるのです。そのほうがアセットの効率性を最大化でき、エンジニアリングの持続性を担保できます。
平山 いろいろな知を取り込み、多様なエコシステムを活用しながら、エンジニアリングチェーンのアセットの生産性を高めることは大切ですね。大企業では昔よりもベンチャーに抵抗感を持たなくなり、小さなプレイヤーと組む動きが出てきている感じもします。
疋田 大手企業とベンチャー企業のマッチングは間違いなく促進されていくと思っています。その大きな要因として、AIなどで先端技術の重要性が高まる中、ベンチャーのほうが尖った技術を持っていることが挙げられます。その意味では、ATACを2021年に設立し、両者のマッチング機能を担える体制を整えたことは、タイミングとして良かったと思います。製造業の方々も自前主義の限界を感じている中で、ATACやMSCのソリューションはすごく時代に合っている感覚があります。
平山 IGPIのルーツは産業再生機構にあります。再生局面にある企業にとって、変われるか変われないかが生死に関わるため、我々は戦略を立てるだけでなく、その会社のカルチャーや人材を理解しながら、適切な施策をインストールしクイックに結果を出すことにこだわってきました。製造業の多くは今、生死を分ける変曲点にあるので、我々の経験は役立つはずです。
また、産業横断でいろいろな事例を支援してきた経験を活かして、ある業界での変化を他の業界に置き換えて必要なケイパビリティやチューニング方法を検討できることも我々の強みです。もちろん全てが同じではないので、アナロジーが効く部分と効かない部分がありますが、現状の変化をどう解釈するかという意味では、こうした経験が非常に役立ちます。

事業で勝って技術で差をつける
平山 最後に、日本の製造業が勝ち残っていくために何が重要だと思いますか。
古澤 いろいろありますが、結局は経営人材を作り出すことだと思います。日本人は決められた目標に向かって走って行くのは得意なのですが、方向を示すことと、何かを捨てて、新しいものを外部から持ってくることは苦手としている企業が多いです。この弱点を克服するために、経営者の意思決定や組織としての経営マインドの強化に伴走するのが我々の役割だと思います。
マインド面では「事業で勝って、技術で差をつける」という考え方への切り替えも重要になると思います。日本企業は複雑性を強みとしており、よく「技術で勝ってビジネスで負けた」ということが言われますが、これからは付加価値を生み出せるビジネスモデルを考え、高い技術力で参入障壁を作るという発想に変えていかないといけません。
平山 市場や競争環境の変化、デジタルを含む近代化の要素、さらに地政学的なリスクもある中で、昨今の経営課題はすごく複雑化しています。所与の前提条件の何が変わり、何が変わらないかをしっかり捉えて、それに対応するためには、ケイパビリティの追加や変更が必要なのか、既存のOSが使えるのか、ガバナンスや組織構造も含めて変えないといけないのか、どのくらいの期間は競争力を維持拡大しながら戦っていけるのか、といったポイントを見極める必要があります。
疋田 日本の製造業は、韓国や中国のメーカーに抜かれている一方、まだ強い領域もあります。変化に対応するための戦略を経営トップだけでなく組織全体に落とし込むことを強く意識しながら、ガバナンス構造の再設計、会社の形を設計していくことが大切だと思います。日本の製造業は、依然として技術的な強みを持ち、グローバル市場でも十分に戦えるポテンシャルを秘めています。しかし、その強みを最大限に活かすには、旧来の枠組みにとらわれない発想で、新たな価値を創出する必要があります。経営の意思決定のスピードを上げ、多様なプレイヤーと連携しながら、自社の強みを再定義し、競争優位を築いていくことが求められます。我々もその変革の伴走者として、企業が持続的に成長できるよう全力で支援していきます。
