IGPIレポート 共創

IGPIレポート 共創 2024年号vol.38

南北問題解決のカギを握るオーストラリア

近年、世界情勢が一段と不安定化する中、世界の政治的・経済的な分断を示す「グローバル・サウス」という包括的な言葉が復活した。米中対立の激化は、多くの国が超大国の”駒”となった冷戦時代を彷彿とさせる二極構造を甦らせ、ロシアによるウクライナ侵攻は、開発途上国に民主主義か権威主義かの二択を強く迫っている。また、新型コロナの大流行、ウクライナ侵攻による経済的低迷、深刻化する気候変動問題など、私たち人類に相次いで課された試練は、世界経済の根幹に横たわる不平等と中・低所得国の政治、経済、環境問題への脆弱性を浮き彫りにした。このような状況下で、各陣営との結びつきを持つという独自のポジションで、分断された世界の懸け橋となり得る可能性を秘めた国がオーストラリアである。

1. 南北問題の構造理解

グローバル・サウスという概念は、地理、地政学、歴史、そして発展度合いなど複数の文脈を内包している。この言葉が初めて使われたのは、政治活動家のカール・オーグルズビー氏がカトリック系文化雑誌『Commonweal』に「ベトナム戦争は北による“グローバル・サウスの支配”の歴史の結実だ』と寄稿した時だと言われているが、広く市民権を得たのは1991年にソ連、いわゆる第二世界が崩壊してからのことだ。

オーストラリア地図

グローバルな文脈において「北」と「南」という用語は「先進国」と「開発途上国」の代替呼称として用いられており、世界は「北」と「南」でのみ構成される。両者の区分けは経済面・政治面のレベルの違いという観点からなされることが多く、一般的にグローバル・ノースに含まれる国家は、裕福で不平等が少ない民主的な先進国だとされている。対してグローバル・サウスに属する国家は、民主主義の歴史が浅く脆弱な開発途上国とされる。第一次産業の輸出に大きく依存し、その多くは北による植民地支配を受けた歴史を持つ。

しかし、こうした区分けについては、現実から乖離しているという議論も多い。例えば人口14億人、GDP3.4兆ドルのインドと、人口1900万人、GDP300億ドルの南部アフリカのザンビアを並べてわかるように、各国の政治や経済、人口構成の違いに焦点を当てると、それらすべてを「南」と一括りにするのはあまりにも乱暴である。

2. なぜグローバル・サウスの裏にある南北問題が注目を集めているのか?

2023年に入ると、「南北問題」に言及する報道がますます増えた。ロシアによるウクライナ侵攻は、第一次湾岸戦争以来ともいえる西側民主主義諸国の結束を促した。しかし、ロシアに対して全世界で結束して厳しい制裁を課したい西側諸国の期待は、グローバル・サウス諸国の反応によって打ち砕かれた。アフリカ、アジア、ラテンアメリカの主要国の多くがNATOと歩調を合わせることを拒んだからだ。グローバル・サウスの指導者たちは西側諸国による「国際秩序の略奪」に終止符を打ち、開発途上国のニーズに目を向けた世界秩序の立て直しを求めている。

その少し前には、新型コロナによるパンデミックによってグローバル・サウスは多くの課題を突きつけられた。脆弱な公衆衛生、低い生活水準、密集した都市あるいは広く分散した農村部でのサービスの欠如など、その原因は国によってさまざまだった。一次産品輸出に経済依存している中所得国では、世界的な需要の崩壊によって国家収支が大きく圧迫され、観光業や外国送金がGDPの大部分を占める国では、収入の減少や失業率の増加が大きな社会問題となった。

こうした潮流を背景としグローバル・サウスという言葉が注目されるようになった中、自由で開かれた国際秩序を育み、世界平和を確保し、世界の不平等を是正したいという想いのもと、日本は積極的な訪問や対話、G20を含む地域フォーラムなどを通じてグローバル・サウスへの関与を強めてきたのである。

3. 南北問題を解決するカギ

世界的な不平等は依然として大きな課題であり、南北格差が今なお存在していることは明らかである。南北問題における最大の課題には、経済的、社会的、環境的な格差が含まれる。グローバル・サウスには経済的、社会的に大きな発展を遂げた国がある一方で、今なお貧困と低成長に苦しむ国もある。また、南北問題は気候変動に対する脆弱性にも影響を及ぼしており、低所得かつ資源が限られ、さらに自然災害リスクの高い開発途上国が、不相応に過度な負荷を強いられることが多い。

南北問題の解決には、持続可能な経済開発の促進、ガバナンスと政治的安定性の改善、教育と医療へのアクセス向上、国内および国家間の不平等を是正するための政策など、包括的かつ協調的なアプローチが必要である。加えて、この地球規模の課題に立ち向かうには、公正な開発を促進するための国際協力が不可欠である。言うは易く行うは難しだが、南北格差を改善するアプローチには以下が考えられる。

図:南北格差を改善するためのアプローチ

日本はグローバル・サウスへの支援として5年間で130億ドル以上の投資目標を設定しており、今後の成長が期待される資源国との関係を深めようとしている。西村経済産業大臣(当時)は「脱炭素やデジタル化など、新興国が直面する社会課題の解決につながる支援や投資を通じて、連携を強化する。援助が経済拡大や日本企業の現地投資、輸出拡大につながるようなWin-Winの関係の構築を目指す」と述べた。

混迷を深める世界情勢の中で、こうした日本の動きはグローバル・サウスに一筋の光明をもたらした。気候変動対策と投資の一例としてIndia-Japan Fundという取り組みがある。これはJBIC IG Partners¹とインドの政府系ファンド管理会社(NIIF)が共同で立ち上げたファンドで、再生可能エネルギー事業、電気自動車関連事業、廃棄物処理事業などの環境保全分野に投資することを目的としている。日本側とインド側の拠出金額はほぼ同額であり、南北格差の根本に横たわる不平等の歴史を考えると、本議論において重要な意味を持つだろう。
(1) JBIC IG Partnersは、IGPIと国際協力銀行(JBIC)の合弁会社

4. 南北問題の解決に向けて、オーストラリアが果たすべき役割

南北問題におけるオーストラリアの役割は、その特異な立ち位置がゆえに複雑だ。オーストラリアは地理的にはグローバル・サウスに位置するが、欧米の影響を受けた政治・経済が展開されていることからグローバル・ノースの一部とみなされている。アジア諸国とも良好な関係を築きながら世界でも豊かな国のひとつであるオーストラリアは、アジア太平洋地域に関心を持つ北の国々にとって戦略的に重要な位置付けにある。

南北問題解決において重要な役割を担えるオーストラリアは、グローバル・サウスの重要性の高まりも十分認識しており、自国の利益を守りつつ世界秩序の構築に貢献できる立場にいる。経済、環境、安全保障といった側面から見ても、両者の分断を埋める懸け橋となり得るだろう。

図:南北問題の解決に向けてオーストラリアが担い得る役割
(2)日本ではあまり知られていないが、オーストラリアの医療技術は世界最高水準である

なお、オーストラリアを含め、個々の国の役割は複雑かつ多面的であることに留意することが肝要である。また先に述べたように、国ごとに異なる特性を持つグローバル・サウスに対して一律の戦略を当てはめることはできない。

オーストラリアがアジア太平洋地域および世界において担う役割の重要性の高まりを認識し、IGPIは2020年にオーストラリアオフィスを開設した。オーストラリアと日本企業との関係はエネルギー分野を中心に数十年前から続いているが、未開拓の分野においてまだまだビジネスチャンスが広がっていると考える。なお、IGPIはJETROのJ-Bridgeプログラムを支援しており、環境とデジタルの両分野において日本企業とオーストラリア企業のオープンイノベーションを基盤としたコラボレーションを促進している。

オーストラリア企業によるイノベーションは、グローバル・サウスが抱える問題を解決できる可能性を秘めている。一例を挙げると、保険会社のヒルリッジ・テクノロジーはブロックチェーン技術を活用し、農地から一定の距離内で天候不順が発生すると即座かつ自動的に保険金を支払うことで、天候不順による農家の経済的ダメージを軽減するサービスを展開している。また、同社はベトナムの三井住友海上グループと協力して、ベトナムの農家を干ばつのリスクから守る新しい保険商品の発売も行っている。

IGPIオーストラリアはアドバイザリー事業と投資事業を柱に、日本、オーストラリア、そして世界中を結ぶ架け橋となり、この地球全体の結束力をより一層高める一翼を担っていきたい。

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